家なき子エノキ

一週間のタイムリミットがもうすぐ切れます。えのきです。

どうしてこんな限界生活をしているのだろうと時々思います。きっと今が一番大変な時期だと自分に言い聞かせて生きています。

さて、この1週間を振り返ってみましょう。

ピクニックに明け暮れた日々

履歴書を送ったり電話を試みたりする日々はなかなかメンタルに来るものがあります。
ですがインターネットの普及した現代、その作業をする場所は問われないのです。

家で引きこもって仕事を探すよりせっかくだからできるだけ楽しくしたいものです。
そんなときに見つけたのがホットサンドメーカー。

大学に戻ったら買おうかな…
中にはチーズとベーコンを
お弁当の出来上がり

これを持って海辺の公園に向かいます。

適度に散歩なんかしつつ良い感じのベンチを見つけて

まさか店側もこんな寛いだ奴から電話が来ると思うまい

電話をかけまくります。履歴書を散布します。

 「オマエ。ダメダネ」

みたいなことを英語で言われているときも

少し歩いて海を見に行けば心が洗い流されます。

また、大学内の芝生で寝ているとどこか目立ってしまう中、オーストラリアの広い芝生で何も考えずゆっくりしたいという夢を早々に叶えるため、

良い感じの芝をみつけて
転がりながら電話を掛けました

舐めてますね。だから落ちるのかもしれません。
さて、天国へのカウントダウンも迫る中、数日こうして過ごしているとさすがに時々連絡も返ってきました。

その中でまだ条件の良さそうなシドニー中心部の回転寿司屋でホールスタッフとしてトレーニングをしてもらえることになりました。

とはいえ正直甘く見ていました。

インターネット上でブログや何かを見ていても、
「ジャパレス(ジャパニーズレストラン)なら余裕」
「まず英語を使わない環境」「カネは稼げないけど楽」
といった意見ばかりが見られたのものですから。

Uber EATSの手続きも進んでいるしとりあえず順調だ、と満足し仕事初めの日を待つことになります。

ちなみにこの期間中毎日州立図書館と

隣接する公園を行き来していたのでとてもこの辺りの地理に詳しくなりました。
たぶんキバタン。野生で見られるのがとても好き。

わけもわからずじぶんをこうげきした初出勤

緊張の初出勤です。
ネットでお店の情報を集め、きっと悪くないところだろうと信じ込み、お気に入りの音楽を聴いて己を鼓舞し、心の準備を整えます。

シドニーの至る所で見られるパフォーマーに金を捧げ

(おそらくは)アボリジニの音楽を奏でる人や

透明のナニかに支えられているわけではありません

道端で浮いている人に金を捧げ、まるで神様か何かのように初出勤の成功を祈りました。

いろんなところでパフォーマンスが見られるのはいいですよね。

お店に到着すると、ユニフォームに着替えるように言われ、そこからとりあえず接客をするよう言われます。

ちなみになのですが、実力主義のオーストラリアでは役に立たないと判断されたら即クビを切られます。後がない自分にとっては死刑宣告にも等しいものです。

トレーニングに教えてくれるのはインドネシア人の同僚。

と、ここで気が付きます。

あれ、ホールスタッフ誰も日本人じゃないんだ。

履歴書で「英語?できずに申し込んでると思う??」という印象を与えるような盛り盛り文章を書いてしまっていたからでしょうか。期待値は高めのようでした。

まあ英語の勉強になるし一石二鳥!と前向きに取り組みます。

しかし…

わからない。難しい。

正直ある程度なら英語でコミュニケーションは実際いけるしなんとかなるだろう、と思っていたのですが、仕事で使われるのは本当にネイティブスピードの英語です。しかも責任伴う仕事の一環です。適当な返事でお茶を濁してやりくりできる環境ではありませんでした。

もはや混乱して「Hot Water」と言われたことすら理解できません。

冷水を注いで怒られます。

そもそも初めのバイトっていうだけでも頭を使うのに、お客様も従業員も全部英語でいきなりスタートというのは思いのほか堪えました。

それを見た同僚たちの冷たいこと冷たいこと。英語で咄嗟に理解できないことがあると、どうみても年下の同僚から鼻で笑われ

「どうしてワーキングホリデーで来てるのに英語ができないの?」

と言われる始末。

「インドネシアと違って日本ではワーキングホリデーに英語の学力基準がないんだよ」と答える自分のなんと情けないことか。国にすがる自分を鑑みます。

そうしてなんとか5時間のランチタイムを乗り切りました。

自分の能力不足に腹が立ちました。

まあいけるだろうと舐めていたのを激しく後悔しました。

溜まりに溜まった疲れがどっときて、一刻も早く寝たい、と帰路に着くことにしました。

さようなら、我が家

帰り道の時計台

帰宅すると、家主のセルビア人のおじいさんが待っていました。

ただいま~、といつものように言い自室で休もうとすると、彼に止められ

「話がある」

と言われ、リビングに彼の日本人の奥さんと一緒に座りました。

正直疲れでそれどころではなかったのですが、家主の言うことですから仕方がありません。
奥さんの方はどこか承知しているような、怒っているような様子で、少なくともあまり良い話ではないのだろうと予想がつきました。

彼は訥々と話し始めます。どこか不機嫌なのは奥さんと喧嘩したからでしょうか。
まず言われたのは「これから1ヵ月近く日本に行くことになった」ということです。それはいいですね、と返します。

しかし何を思ったかセルビア人のおじいさん、急に
「だから今すぐ1月分の家賃をまとめて払ってくれ」

と言い放ちました。

オーストラリアでは家賃や給与は週払い、または隔週払いが一般的で、私は週払いにしてもらっていました。なので当然そんなお金は持っていませんでした。
おそらく彼も承知だったのではないでしょうか。

「申し訳ないのですが今はありません」
と伝えます。バイトは始まったので今まで通りの週払いなら大丈夫だと。
手持ちのお金が少ないことはすでに説明してあったので奥さんもサポートしてくれます。

しかし、この発言を聞いた彼、怒髪天で立ち上がり
「kiss my ass!!(ふざけるな!!)それならすぐに出ていけ!!」
と叫びました。

何が起こったか分からず混乱する自分。
奥さんが彼をなだめだします。

ゆっくり話を聞くと、彼曰く「入居時から家賃の支払いにレシート(領収書)を要求する時点で信用ならなかった。私が日本人でないから信用してないんだ」ということでした。

文化差、でしょうか。

領収書をもらうのはただのトラブル回避のためで国籍とか関係ないですよ、と必死に説明しても聞く耳を持ちません。

しばらく説得を試みていたのですが、どんどん悪化する彼の機嫌。
あまりに暴言を吐かれ過ぎて、これから彼の機嫌が治ったところでもう一緒には住めないな
と感じたので、なんとか奥さんとともに家賃を払った1週間(翌火曜)までは住まわせてもらうことになりました。

さすがに郊外の夜で何の準備もなく外に追い出されたらしんどすぎましたので。

晩飯を作りにリビングを通ることすら気が重く、その日はそのままベッドで横になりました。

長い1日を終えて

さようなら、我が部屋

そんなこんなで本当に長い1日が終わりました。この後映画観たり日本の人と話したりして心を落ち着けました。

最後の家賃を支払い、手に残ったのは
2ドルしかありませんでした。

Uber EATSはまだバッグと自転車が届かず、これで稼ぐにはもう少し日数が足りません。
寿司屋のバイトはクビになるまでは続けます。
なんか悔しいし全メニューと値段を覚えていないことを責められたので、翌日までに全て覚えて出勤した際は少しだけ褒められました。

とはいえ十分に他で稼ぎができたら辞めるかもしれませんが。

まず追い出される翌火曜に新しい住居にそのまま移るのは不可能なので、返してもらう予定のボンドと共に一旦バックパッカーズホステルに戻ります。シドニー到着時に利用したバッパーです。

何度でも初めから。


また新しい生活ですでもまだやり直せます。

始めた寿司屋のバイトに多少慣れ、Uber EATSで稼ぎ出し、新しい家に定住できた瞬間、今の苦労の全てがひっくり返ります。
バリバリ金を稼ぎながら豊富な余暇をのんびり過ごし、時に知り合いと酒を飲む、そんな生活が訪れるはずです。

夜トイレに起きてリビングを通るだけで怪しまれて常に監視されるような生活を続けたいとは毛頭思いません。

きっとここが底のはずです。それでは。

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